
はじめに
人的資本経営やダイバーシティの推進、そして、画一的な成功だけでなく、一人ひとりが納得できるキャリアを重視する考え方。こうした流れの中で、「その人らしさを大切にし、活かそう」という言葉に触れる機会が増えています。
人事や管理職の皆様も、理論や概念だけでなく、日々の関わりの中で変化を感じていらっしゃるのではないでしょうか。
- 「忘年会のあり方が、以前とは変わってきた」
- 「自分とは違う価値観に、どう接すればよいか迷う場面が増えた」
- 「服装や働くことへの意識に、ギャップを感じる」
時代の変化は理解していますし、個性を尊重することの大切さも分かります。それでも、「この行動まで『らしさ』として受け止めてよいのでしょうか」「ここにも認識の違いがあるのか。どう伝えればよいのでしょうか」と、戸惑うことはないでしょうか。
今回は、新人と関わる人事・上司の皆様に向けて、「らしさ」の主張が「わがまま」に見える場面で、どのような関わりができるのかを考えます。率直にフィードバックを伝えることは大切です。そのうえで、行動を指摘するだけでは届きにくいときに、もう一つ試せるアプローチを探ってみたいと思います。
考えたいのは、「なぜ『らしさ』を強く主張するのか」と、「その背景を踏まえ、どう関わればよいのか」の二点です。新人と比較的年代の近い若手社員として、私自身の経験や、仕事・私生活での対話をもとに考察します。若手全体を一括りにするものではなく、一つの見方としてお読みいただければ幸いです。
なぜ「らしさ」を強く主張するのでしょうか?
私が背景にあると感じているのは、「同質化に対する恐怖感」です。「会社に合わせることで、自分らしさが失われてしまうのではないか」。そう感じるほど、自分の個性を守ろうとする反応が強まり、周囲からは「わがまま」に見える主張につながることがあるのではないでしょうか。
では、なぜ「同質化」に敏感になるのでしょうか。私なりに、三つの背景を考えています。
1.居場所と時間の自由度が変わること
私たちが仕事で関わる新人には、大学を卒業して入社する方が多くいらっしゃいます。学生時代には、サークル、アルバイト先、研究室など、複数の居場所があり、時間割や活動の組み合わせもある程度自分で選べます。
一方、入社後は、生活の中心が一つの会社になり、働く時間や求められる行動にも一定の枠組みができます。もちろん、職場によって違いはありますが、この変化が「自分で選べなくなる」「周囲と同じにならなければならない」という不安につながることはあると思います。
2.会社と一定の距離を置くキャリア観
転職を選択肢に含めたり、求人・口コミサイトなどで他社の情報に触れたりしながら、自分のキャリアを考える方もいます。「一社を選び、その会社に没頭する」という姿勢だけでなく、周囲の知人や他社の状況も見ながら、自分の進む方向を考える姿勢です。
そうした視点からは、一つの会社に深く染まることが、将来の選択肢を狭めるように感じられるのかもしれません。会社と距離を置く姿勢は、必ずしも働く意欲の低さではなく、自分のキャリアを守ろうとする意識とも捉えられます。
3.「自分らしくいなければならない」という感覚
InstagramなどのSNSを通じて、一人ひとりの生き方や個性が目に入りやすくなっています。所属する会社や集団だけでなく、「自分は何者なのか」「ほかの人と何が違うのか」を意識する場面もあるのではないでしょうか。
「自分らしくいてよい」という肯定が、いつの間にか「自分らしくいなければならない」「人と違わなければならない」というプレッシャーになる。私自身、そんな感覚が生まれることもあると感じています。
このように考えると、必要なのは、単に「会社に合わせなくてよい」と伝えることではありません。「会社に合わせることは、自分らしさを失うことだ」という結びつきをほぐすことではないでしょうか。
私は、この不安を「会社に同質化させられる」というホラーストーリーにたとえています。ただし、実際に個性を否定する関わりや、不合理な慣行があるなら、見直す必要があります。ここで考えたいのは、必要な指導まで「自分の個性を消すためのもの」と受け取られてしまうときに、どう認識のギャップを埋めるか、ということです。
では、人事・上司はどう関わればよいのでしょうか?
「強く伝えたら、辞めてしまうのではないか」「ハラスメントと受け取られないだろうか」。必要な指導だと分かっていても、伝え方に迷う場面はあると思います。
もちろん、改善が必要な行動には、具体的なフィードバックが欠かせません。相手の人格や個性を否定するのではなく、どの行動に、なぜ改善が必要なのかを伝えることが前提です。そのうえで、内容が届きにくいときには、指導の言葉だけでなく、関係性にも目を向けてみてはいかがでしょうか。
「私たち対会社」という構図をほぐす
私がSNSを見ていて印象に残るのは、「会社が最高」という投稿よりも、「同期が最高」というインスタのストーリーです。入社して間もない時期でも、同期とのつながりが発信されていることがあります。この実感だけで若手全体を語ることはできませんが、少なくとも、人とのつながりを求めていないわけではないと感じます。
むしろ、つながりの境界が「自分と同期」と「上司・会社・制度・風土」の間に引かれてしまうことがあるのではないでしょうか。その構図の中では、上司からの指導が、「向こう側から、自分たちを染めようとする働きかけ」に見えてしまいます。
しかし、上司の皆様は、必ずしも新人の個性を消したいわけではないはずです。仕事上の役割として伝えるべき基準はあっても、会社のすべてを無条件に肯定しているわけではなく、「この風土は変えたい」「自分の価値観も見直す必要がある」と感じることもあるのではないでしょうか。
新人からは見えにくい、上司の皆様が感じているその迷いや思いを、少しずつ開示していくことが大切だと考えます。
- 「自分も入社時には、こんな不安がありました」
- 「この会社のここは好きですが、この点はもっと良くしたいと思っています」
- 「以前は当然だと思っていましたが、今は考え直しているところです」
相手に本音を話してもらう前に、こちらからも等身大の思いを伝える。弊社の研修でも扱う、返報性を踏まえた自己開示の考え方です。大切なのは、話す情報の量を増やすことよりも、その人の経験や葛藤が伝わる深さだと思います。ただし、こちらが話したからといって、相手にも同じ深さの開示を求めるものではありません。
ここからは私の解釈ですが、「会社側の人」に見えていた上司にも迷いがあり、一人の人間として自分と向き合っていると分かることが、対立の構図をほぐすきっかけになるのではないでしょうか。
身近な指導の場面でも、背景と自分の思いを伝える
例えば、「らしさ」と結びつきやすい身だしなみの話で考えてみます。髪型や服装を注意されたとき、新人が「やはり会社の好みに合わせさせられる」と感じることもあるかもしれません。
そのとき、ただ「この髪型にしてください」と伝えるのではなく、上司自身の経験と、仕事上の目的を添えてみます。例えば、次のような問いかけです。
「私も、仕事に合わせて身だしなみを変えることに、最初は戸惑いました。ただ、お客様と接する中で、相手が安心して話せる印象をつくることも大切だと感じるようになりました。今回の訪問先や仕事内容を踏まえると、どのような身だしなみがよいと思いますか?」
これはあくまで関わり方の一例であり、特定の髪型や服装が常に正しいと伝えたいわけではありません。相手の感じ方や業務上の必要性は、場面によって異なります。だからこそ、個人の好みを一方的に押しつけず、必要な基準とその理由を説明し、本人の考えも聞くことが大切です。
その対話の中で、「上司も迷いながら、役割を担っている」「ルールには、自分を否定するためではなく、仕事上の目的から設けられているものもある」と伝われば、受け止め方は変わるかもしれません。納得しにくいルールについては、上司も一緒に見直しを考える姿勢が必要だと思います。
小さな自己開示と対話を重ねることで、「会社は自分を染める存在だ」という見方から、「会社も、考えや葛藤を持つ人たちの集まりだ」という見方へ。その認識の転換をつくることが、私の考えるアプローチです。
「上司として」と「一人の人間として」を伝え分ける
ここまで読むと、「高い基準を求めるフィードバックと、迷いのある自己開示は矛盾しないのでしょうか」「会社への不満を話して、かえってエンゲージメントを下げることになりませんか」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。
その両立のために大切だと思うのが、今、どの立場から話しているのかを明確にすることです。いわば、「仮面を使い分ける」感覚です。ただし、取り繕うという意味ではなく、役割としての言葉と、一人の人間としての言葉を伝え分けるということです。
私が上司との面談で印象に残っているのは、「これは一人の人間として言うけれど」という言葉でした。
上司としては、仕事に必要な基準を下げずに向き合ってくれます。一方で、会社や役職の話をいったん脇に置き、人と人として話してくれる時間もあります。その両方があったことで、私の中にあった「上司や人事は、会社に同質化させようとする側の人だ」という見方が変わりました。
「上司として、この行動は改善してほしいです」と伝えることと、「私自身も、最初はここに難しさを感じました」と話すことは、矛盾しません。求める基準を曖昧にせず、そこに向き合う一人の人間としての経験を添えることはできると思います。
また、自己開示は、会社への不満をそのまま共有することではありません。「何に迷っているのか」に加えて、「それでも何を大切にしているのか」「どう良くしていきたいのか」まで伝えることで、対話を前向きにつなげられるのではないでしょうか。新人に不満の受け止め役を求めることとは、分けて考える必要があります。
飲み会など、仕事から少し離れた場で話す機会が減ると、普段の「上司としての顔」ばかりが見えやすくなることもあると思います。だからこそ、面談や日々の会話の中で、等身大の自分を伝える時間を意識的につくる意味があるのではないでしょうか。
おわりに
新人の「らしさ」の主張に向き合うとき、行動を正すことだけに目を向けると、その奥にある不安を見落としてしまうかもしれません。目指したいのは、個性を消すことでも、必要な基準を下げることでもなく、「自分らしさを持ちながら、ここで働き、成長してよい」と思える関係をつくることです。
いつもは「上司として」伝えていることに、少しだけ「一人の人間として」の経験や迷いを添えてみる。率直なフィードバックに加え、「会社に染められる」という不安をほぐす関わりを、試してみてはいかがでしょうか。
NEWONEでは、返報性を踏まえた自己開示や関係性の構築について、理論と事例を交えながら研修でお伝えしています。また、新人の傾向の変化について、調査や社内での議論を重ね、セミナーや研修に活かしています。
今回の内容に共感いただけましたら、新人育成に関するセミナーや新人研修、管理職とメンバーの関わりをテーマにした研修のページも、ぜひご覧ください。
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