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目標を持つだけでは、人は満たされない。―ACTの「価値」から考えるキャリア支援

目標を持つだけでは、人は満たされない。―ACTの「価値」から考えるキャリア支援

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著者

稲里 拓都

著者

稲里 拓都

大学卒業後、大手国内メーカーに入社し、人事業務全般に従事。その後、人材系企業2社で営業マネージャーおよび人事マネージャーを歴任。2024年に株式会社NEWONEに入社し、現在は研修を中心に、人材育成・組織開発のHRパートナーとして活動。新入社員の育成体系構築から管理職主導の組織開発まで幅広く支援。

「仕事は順調なのに、なぜかこのままでよいのかと感じる」
社員との1on1やキャリア面談の中で、このような声を聞くことはないでしょうか。

任される仕事は増え、一定の評価も得ている。昇進や昇格といった次の目標も見えている。
それでも、本人からすると「何か物足りない」「この先、何を目指せばよいのかわからない」という感覚が残っている。

こうした状態に対して、「次の目標を明確にしよう」「3年後のキャリアを考えよう」と働きかけることも一つの方法です。

一方で、目標を設定するだけでは、本人の納得感につながらない場合もあります。
なぜなら、人が充実感を得るためには、「何を達成するか」だけでなく、「何を大切にしながら働くか」という視点も重要だからです。

今回は、心理療法の一つであるACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)の「価値」という考え方から、社員のキャリア支援について考えてみます。

「心地よく働くこと」と「充実して働くこと」は同じではない

仕事において、不安やストレスが少ない状態をつくることは重要です。
業務量を適正化したり、人間関係を改善したり、働きやすい環境を整えたりすることは、組織として欠かせない取り組みでしょう。

ただし、「不快な感情が少ないこと」と「本人が充実していること」は、必ずしも同じではありません。

例えば、自分にとって少し難しいプロジェクトを任された場面を考えてみます。
最初は「自分にできるだろうか」と不安になり、準備にも時間がかかる。思うように進まず、苦労することもあります。

それでもプロジェクトを終えた後に、
「大変だったけれど、やってよかった」
「自分なりに成長できた気がする」
と感じることがあります。

あるいは、忙しい中で後輩から相談を受け、予定していた仕事が少し遅れたとしても、「話を聞いてよかった」と感じる人もいるでしょう。

そこには、単なる「楽しい・楽ではない」とは異なる、自分にとって意味のある経験があります。
つまり、不安や大変さを感じることと、充実して働くことは、必ずしも矛盾しないのです。

ACTの「価値」は、達成するものではなく「向かう方向」

この違いを考えるヒントになるのが、ACTで重視されている「価値(Values)」という考え方です。
価値とは、単に達成したい目標ではなく、「どのような人でありたいか」「何を大切にしながら生きたいか」という方向性を指します。

例えば、
「3年以内に管理職になる」
というのは目標です。

一方で、
「一緒に働く人の成長を支えたい」
「自分なりの工夫を加えながら仕事をしたい」
といったものは、価値として捉えることができます。

目標には達成・未達成があります。
しかし、価値には明確なゴールがありません。
管理職になっていなくても、後輩の相談に乗ることはできますし、日々の仕事の進め方を工夫することもできます。

この違いは、社員のキャリアを考えるうえでも重要です。
キャリア支援というと、「5年後どうなりたいか」「どのポジションを目指したいか」といった目標設定に意識が向きがちです。

もちろん、目標を持つことは重要です。
ただ、目標だけを問い続けると、「特に役職には興味がない」「将来やりたい仕事がわからない」という社員は、自分にはキャリアの軸がないと感じてしまうかもしれません。

だからこそ、「何になりたいか」だけでなく、「どのように働いていたいか」を考えるという視点が必要なのではないでしょうか。

キャリア面談では「何を目指すか」の前に「何を大切にしたいか」を問う

では、人事や管理職はどのように社員の価値を捉えていけばよいのでしょうか。
必ずしも、「あなたの価値観は何ですか」と直接聞く必要はありません。
むしろ、これまでの仕事を振り返りながら、本人が充実感を覚えた経験を丁寧に見ていくことが有効です。

例えば、1on1やキャリア面談で次のように問いかけてみます。

  • 最近の仕事で、「やってよかった」と感じたのはどんな場面だったか
  • その経験の、何が自分にとって大切だったのか
  • 評価や役職をいったん脇に置くと、どのような働き方をしていたいか

「難しい顧客に向き合い、最後まで提案を考え抜いたこと」が印象に残っているのであれば、「相手に向き合うこと」や「簡単に諦めないこと」を大切にしているのかもしれません。
「後輩が成長した瞬間」が印象に残っているのであれば、「人の成長に関わること」がその人にとって重要なのかもしれません。

大切なのは、会社や上司が「あなたの価値はこれだ」と決めることではありません。
本人が自身の経験を振り返りながら、「自分はこういうことを大切にしているのかもしれない」と気づいていくことです。

キャリア支援とは、ゴールを決めることだけではない

社員のキャリア支援を考えるとき、私たちはつい「将来の目標を明確にすること」を重視しがちです。
しかし、将来やりたいことが明確でなくても、自分が日々の仕事で大切にしたいことは見つけられる場合があります。

そして、自分にとって大切な方向が少し見えてくることで、同じ仕事であっても、その仕事との向き合い方が変わっていくことがあります。

キャリア支援とは、社員に明確なゴールを持たせることだけではありません。
「何を目指すか」と同時に、「何を大切にしながら働きたいか」を一緒に考えること。

社員が自分なりに納得してキャリアを選択していくためには、こうした問いを持つことも重要なのではないでしょうか。


参考書籍
ラス・ハリス『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』

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