「不在」によって際立つ「存在」のつよさ

先日、能楽師の安田登さんが書いた「あわいの力」という本を読んでいると、ふっと心をつかまれた一節があった。
それは芸の境地にある心情を、平安時代に詠まれた藤原定家の短歌を引用しながら説明するページで、まずはその短歌を引用したい。

駒とめて 袖うちはらふ 陰もなし 佐野のわたりの 雪の夕暮れ
(藤原定家)

これを読み、29年間の人生で積み重ねた教養を振り絞って、わびさびを感じたいところだが、素人の私には何のことだか分からない。袖をはらっていることと、雪が降っているから、寒いだろうなというぼんやりとした想像ができるくらいだ。
(ああ、古典をちゃんと勉強しておくんだった)

ということで、それにつづく安田さんの説明を引用したい。

わざわざ馬(駒)をとめて、袖につもった雪を振り払う。これはなかなかの豪雪です。「難儀な旅をしているな」と想像しかけたところに、「陰もなし」ときます。(つまり)そんな人はいなかった。
(中略)
むろん、一度連想したイメージは頭の中から消え去りません。そこに「佐野のわたりの秋の夕暮れ」と、雪に閉ざされた佐野の峠の夕暮れの情景が歌われます。

安田さんはそのあとに、「馬をとめて袖につもった雪を振り払う」という実際には「ないもの」を見せることで、佐野の雪の夕暮れの(さびしい)情景が読み手の中に想像され、一層引き立ってくる、それこそがこの歌の持つ力であるという趣旨の解説を付け加えている。

私はそれを読み、藤原定家はなんともお上手だ、という気持ちとともに、心の奥の方にじわじわと残る余韻があった。そして、これって私たちの日常にもあることかもしれないと思った。
芸の境地にある定家氏の短歌と比較するのも恐縮で、少し邪道かもしれないが、例えばないものを見せるという意味では、「適度な塩梅での間(ま)がある、話やプレゼンは伝えたいことの輪郭が引き立っておもしろい」し、「春がやってきたときのよろこびが尊いのは、もうそこにない長くて寒かった冬を振り返るから」だと思うし、「新人時代の憎き?上司のありがたさが身にしみて分かるのは、その人のもとを離れて、だいたい2年後くらいにやってくる」と思う。

広告クリエイティブの領域では不朽の名作とも言われる1980年代から90年代のJR東海のクリスマス・エクスプレスのCMも、どこかこれに近い匂いがする。
つまり「不在」によって、力づよく際立ってくる「存在」のつよさがある。それは人やモノの存在というだけでなく、そこには嬉しい、悲しい、寂しい、そして美しいというような心情の深さや想いが同居していると思う。

これを日々の仕事に置き換えると、例えば小さなところではコミュニケーションでの心地よい間を意識してみることに生かせるかもしれない。

さらにはメリハリなく平日も土日も仕事をしていると、インスピレーションや熱量が生まれないのは、その仕事に対する「不在」が少ないからかもしれないし、想いのつよい仕事ほど、少し離れてみると新しい発見があるかもしれない。

そして私も痛い経験が何度かあるが、「存在感を出そう」なんて意気込んでいるときは、だいたい勢い余って空振りするものだから、十分に気をつけたい。

もうすぐ30歳が見えてきた今、「不在の妙」を巧みに操る、そんな美しく洗練されたビジネスパーソン?を私も目指したいところですが、どうやらまだまだ先は長そうな気がする。

 


■ライタープロフィール
山野 靖暁(yasuaki yamano)
1991年生まれ/大阪府出身
株式会社シェイクに新卒で入社後、研修開発やコンサルティング営業に従事、
多くの企業の人材育成、組織開発に携わり、株式会社NEWONEの創業期にも関わる。
シェイク退職後、イギリスの大学院シューマッハカレッジへの短期留学を経て、
2018年3月より島根県の隠岐郡海士町に、暮らしと仕事の拠点を移す。
地域や、海外をフィールドにした課題解決型学習のコーディネートなど、
高校、地域、行政、民間企業等と連携しながら教育の魅力化に取り組んでいる。
最近のテーマは「他者との関わりの中で、その人らしさが生まれる学びの場」

 

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