【連載②】夢中になる技術 〜脳科学者と小説家の視点〜

前回のコラムで、チクセントミハイ氏のフロー体験の考え方などを引用しながら、スキルとチャレンジのバランスが高いレベルで釣り合っており、そこに迅速なフィードバックが存在するとき、人は没頭するということを紐解いてきました。

ちょうど前回の記事を書いたころに、夏の高校野球が開幕したのですが、その中継をみながら、まさに強豪校に立ち向かう公立高校の戦いぶりなんかは、これに当てはまると感じました。勝ち負けという結果や、甲子園球場の大歓声というフィードバックも非常に分かりやすく、当事者もそうだが、観戦している私たちもつい没頭してしまう感覚があります。

しかしその一方で思うのは、夏の高校野球がそうであるように、日々の中にそんな「没頭にちょうどいい」機会はそう多くありません。年に1回あるか、ないかのその機会はもちろん活かすに越したことはないですが、もっと日常の中で没頭するために工夫できることはないかと考え、いくつかの書籍を読み漁りながら考えてみたことを書いてみたいと思います。

私たちは「没頭しづらい」という前提に立ってみる


日本の脳研究者であり、東京大学の教授でもある池谷裕二氏は、著書「脳には妙なクセがある」の中で、没頭する、集中するということは、本来動物にとって不自然なものだと指摘し、むしろ意識を周囲に分散させながら、外的に注意する「分散力」を発達させてきた生き物こそが、生き残ってきたという指摘をされています。
そしてテクノロジーの発展による、情報過多、選択肢過多は、この分散力を更に発展させていいて、いわゆる「SNS疲れ」のような現象にもつながっているのかしれないと個人的には感じます。

私も集中せずに、ついふらふらとしてしまうので、池谷さんの指摘に、少しばかりの安心感を覚えるわけですが、ではその前提に立った上で、私たちが、集中し、没頭するために、どんなことを意識するといいのでしょうか?池谷さんの分析を参考にしながら、もう少し考えたいと思います。

没頭はクセづけることができる?


池谷氏は、脳には身体感覚としての入力(例えば美味しい、つらい、暑いなど)と、身体運動としての出力(例えば食べる、走る、話すなど)があり、どちらが重要かと言うと、躊躇なく「出力」と答えるそうです。つまり「感覚」ではなく「運動」が大事であるということです。様々な実験から、脳の神経細胞であるニューロンは出力のとき、入力の10倍強く活動するとも言われるそうです。

池谷さんも著書の中で考察をしていますが、何事も「始めれば始まる」という感覚、みなさんはお持ちでないでしょうか?

なかなか掃除をはじめるのが億劫でも、やりはじめると没頭していたり、気が重いなと思っていた仕事も、やるべき行動をブレイクダウンして、少しずつ進めていくと集中力が高まっていたというようなことを、経験したことがある人は少なくないのでしょうか。

脳はすでにあるシステムや、思考回路を「リサイクル」するクセもあるようで、「出力」を意識しながら、没頭をクセづけることで、たやすく実践することにつながるのかもしれません。

没頭の対象を「ズラして」「戻す」という工夫


そして上述した池谷氏の本と同時並行で偶然読んでいたのが、村上春樹さんの著書「職業としての小説家」という本でした。この本に今回のテーマにもつながりそうな興味深い一節があったので、引用してみたいと思います。

僕は専業作家になってからランニングをはじめ、それから30年以上にわたって、ほぼ毎日1時間程度ランニングをすることを、あるいは泳ぐことを生活習慣としてきました。(中略)
そしてそのような生活を積み重ねていくことによって、僕の作家としての能力は少しずつ高まってきたし、創造力はより強固な安定してきたものになってきたんじゃないかと、常日頃感じていました。

この一節に思わず目が止まりました。
そして村上春樹さんは、小説を書くことには「寡黙な集中力」と「くじけることのない持久力」が必要であり、走ることがそこに対して、大きな意味を持っている、と同著の中で書いておられます。

そして、ここから没頭についての私の勝手な解釈を大いに含むのですが、村上春樹さんは、本業(小説を書くこと)とは別に、日常生活に組み込まれた没頭の対象(走ること)、つまり没頭を「ズラす先」を持っているのではないかという仮説を持つわけです。

村上さんが走ることに「没頭」しているのかどうか、それは本人に聞いてみないと分かりませんが、30年続けるためには、少なくとも自分の「無意識下」に走るということを位置付けないときっと難しいはずです。

そのズラし先を持つことで、集中、没頭するリズムを保つことができるし、小説を書くことにどうも没頭できないとき「走る→書く→走る→書く」という形で、「ズラしては、戻す」ことを繰り返す中で、長く小説を書き続けられてきた側面があるのではないかと思います。(もちろん、これは一つの仮説ですが)

まとめ、そしてこれから


さて気づけば長くなりましたが、今回のコラムでは、本来私たちは没頭しづらい動物である一方で、没頭のクセづけには様々な工夫があることをお伝えしてきました。そしてもう少し深めたいこのテーマ、1人よがりになってきた部分もあるので、次回からはNEWONEで働くメンバーの話をききながら、一緒に考えていきたいと思います。
(次回インタビュー編に続きます)

 


■プロフィール
山野 靖暁(yasuaki yamano)
1991年生まれ/大阪府出身
株式会社シェイクに新卒で入社後、研修開発やコンサルティング営業に従事、
多くの企業の人材育成、組織開発に携わり、株式会社NEWONEの創業期にも関わる。
シェイク退職後、イギリスの大学院シューマッハカレッジへの短期留学を経て、
2018年3月より島根県の隠岐郡海士町に、暮らしと仕事の拠点を移す。
地域や、海外をフィールドにした課題解決型学習のコーディネートなど、
高校、地域、行政、民間企業等と連携しながら教育の魅力化に取り組んでいる。
最近のテーマは「他者との関わりの中で、その人らしさが生まれる学びの場」

 

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