#コラム

「しあわせな三角関係〜比較するから上手くいく〜」

こんにちは。山野です。

20代前半のころ、「山野くんのモテ期は、20代後半に来る!」
と女性の先輩に高らかに宣言されて喜んだのも、つかの間、
あっという間に20代も後半戦に差し掛かってきました。

「モテ期」はいつ来るのでしょうか。離島にも来るのでしょうか。

話は脱線しますが、中学校のとき「好きだった女の子」がいました。
何かが発展する気配は、まったくなかったのですが、

その子の親友である「別の女の子」から告白をされるという
事態になり、放課後に野球部の練習を二人が一緒に見に来たときには、
嬉しいような、喜べないような感情になったのを覚えています。

そんな「三角関係」は、日常の中に結構あるような気がして、
そこには「比較」という行為が重なってくるような気もします。

・ 仕事で引き継ぎなどをした時、前任者と比べられる
・ 意中の人と付き合ったはいいが、元カレ(元カノ)と比べてしまう

そんなとき、私は自分と相手の間にいる「第三者」の真似をすることが
比較的多かったように思います。相手の求めることを満たそうとして、
それで乗り越えられたことも、たくさんありました。

ただ、これを続けることの「しんどさ」もあるような気がします。
自分の身を削っていくような感覚でしょうか。

この悩ましき?三角関係問題に、一つの正解があるわけではないですが、

比較するときは、あえて具体的に、徹底的にした方がいいんじゃないかと
最近は思います(これもまた、ちょっとしんどいのですが・・・)

打合せの頻度が違うとか、人としての踏み込み方が違うとか
服の趣味が違うとか、とにかく洗濯物の干し方が気に入らないとか
生い立ちが違うとか、まあ何でもいいのですが、

徹底的にやって、真似するところは真似する、
真似しないところは真似ないと、選択していくこと、
相手がいるときは、どこは合わせ、どこは合わせないか、
きちんと話を重ねていくこと、ときに諦める(許す)ことが
必要なんだと思います。

おそらく一番しんどいのは、他者と自分をぼんやりと比較して
追いかけ続けている状態なんだと思います。

「そんな白黒はっきりつけなくても」と思わなくもないですし、
グレーであることを大切にしたい気持ちもあるのですが、

多様性や、個性が重宝される今日この頃、
違いをあぶり出していくことや、ぶつけていくことが避けられ、

そもそも「何が違うか分からない」ことからくる、
迷いや、おそれのようなものが、あるような気がします。

人間だから比較してしまう(比較される)ことは仕方がない、
だからこそ、上手く比較することで、新しい自分を見つけていく
キッカケにしたい。

というのは、ちょっと綺麗ごとでしょうか。

 


■プロフィール
山野 靖暁(yasuaki yamano)
1991年生まれ/大阪府出身
株式会社シェイクに新卒で入社後、研修開発やコンサルティング営業に従事、
多くの企業の人材育成、組織開発に携わり、株式会社NEWONEの創業期にも関わる。
シェイク退職後、イギリスの大学院シューマッハカレッジへの短期留学を経て、
2018年3月より島根県の隠岐郡海士町に、暮らしと仕事の拠点を移す。
地域や、海外をフィールドにした課題解決型学習のコーディネートなど、
高校、地域、行政、民間企業等と連携しながら教育の魅力化に取り組んでいる。
最近のテーマは「他者との関わりの中で、その人らしさが生まれる学びの場」