「境界線」に魅せられて 〜自分らしい働き方のヒントを探る〜

こんにちは、山野です。
ここ最近、書くことへの熱量が、ぐんと高まっています。

明確な理由は自分でも、よく分からないのですが、
兎にも角にも、嬉しいことではあるわけです。

ときどき、なぜ書くんだろう?と思ったり、
なぜ書くんですか?と聞かれることもあります。

そのあたりは、少し曖昧な気もしていて、
お茶を濁すように、答えることもあるのですが、

最近思うのは、多分文章を書いている瞬間が好きで、

「曖昧な考えや感情が、もう少しで言葉になりそう」

そんな境目にいるときの、期待感、高揚感のようなものが
自分は好きなんだと思います。

恋愛で例えるなら、付き合うか、付き合わないか
そんな境界線にいる時、という感覚にも近いでしょうか。

イメージとしては、夕日が沈む瞬間が美しいという感じにも
近いかもしれません。

いざ境界線を越えると、安堵感、脱力感のようなものを感じ、
時間が経過して、自分の書いたものを見返したときに、
あの時の高揚感はどこに行ったんだ、という失望感に
似たような感情を持つこともあります。

一方で、ふと見返したくなる文章も少しばかりですが、
あるもので、だから結局また書くんだと思います。

もちろん自分の文章を通じて、読者の方が、何か新しいことを
発見したり、大切なことを再確認してもらえると嬉しいですし、
読んで頂ける方がいるからこそ、書くという仕事は成り立ちます。

けれど、あえて言うならば、それは結果論でしかなく、
自分にはコントロールできない部分もあるんだと思います。

だから最初の話に戻ると、書く瞬間が好きだから、書く。
その結果、誰かの背中をそっと押すことになると嬉しい。
というのが、現時点での自分なりの答えかもしれません。

だから、せめてもの誠意として、自分が納得したものを
出すということは大切にしたいと思います。
(一人よがりにならないように、気をつけながら)

そんな風に「自分の好き」と「誰かのために」が、
無理をすることなく、重なるところに「自分らしい働き方」
そして、「自分らしい生き方」のヒントがあると思います。

そして、その2つのバランスは公園のシーソーのように
常に均衡を保つものというより、

ある時は「誰かのために」という「利他」に傾くこともあれば、
またある時は「自分の好き」という「利己」に対して、
強めに、傾くこともあるのかもしれません。

そして、どちらかに傾くからこそ、シーソーというゲームは
きっと面白くて、そこに「何かを動かす力」があるのだと思います。

だから、均衡を常に保とうとしなくていい。
でも、シーソーの傾きに対しては、自覚的であったほうがいい。

「利他」に傾きすぎると、自分を見失って、苦しくなったり、
「利己」に傾きすぎると、空回りをすることもあると思うからです。
(自分にも、そんな経験があります。)

つまり、どちらかの傾きが、あまりにも大きくなってしまうと、
お尻をぶつけてケガをするかもしれないので、要注意!です。

さて境界線の話から、好き勝手にここまで書いてきましたが、

シーソーが傾きすぎていないことを切に願いつつ、
読者の皆さんに、何かヒントがあれば嬉しいなと思います。

 


■プロフィール
山野 靖暁(yasuaki yamano)
1991年生まれ/大阪府出身
株式会社シェイクに新卒で入社後、研修開発やコンサルティング営業に従事、
多くの企業の人材育成、組織開発に携わり、株式会社NEWONEの創業期にも関わる。
シェイク退職後、イギリスの大学院シューマッハカレッジへの短期留学を経て、
2018年3月より島根県の隠岐郡海士町に、暮らしと仕事の拠点を移す。
地域や、海外をフィールドにした課題解決型学習のコーディネートなど、
高校、地域、行政、民間企業等と連携しながら教育の魅力化に取り組んでいる。
最近のテーマは「他者との関わりの中で、その人らしさが生まれる学びの場」

 

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