「書く習慣」の中で気づいたこと 〜地道な思考と、わがままな感情〜

この2月から、月に2〜3本のペースで、
1500字前後の文章を書いています。

もともと書くことが好きで、細く長く続けたいという
気持ちがあったこと、そしてそれを後押しする機会を
とあるところで頂いたことが、キッカケでした。

まだ始まったばかりで、月にたった2〜3本なのですが、
5月になった今思うのは、コンスタントに書き続けるというのは、
思っていたより大変だということ。

頭で考えるばかりで、筆が進まないなんてことも
結構あるものです。

「小さな話を膨らませて」気の利いたことを言おうとしてみたり、
「柔かく、崩した文体」を目指して、まわりくどくなったり、

些細なこだわり?にはまってしまう、効率の悪い自分に
「喝!」を入れたくなることも少なくありません。

そんなこと思いつつ、自分なりに地道な工夫もしてきました。
例えば、こんなことです。

・ ふと印象に残った出来事、言葉をメモに残しておく
・ 残ったメモを書き出し、並べてみる
・ 「書けない」と思った時は、潔く寝る!
(アイデアを寝かせるんだ、と自分に言い聞かせる?)
・ 本を読んだり、人に会って話をしてみる
・ 「閃いた時」は直感を信じて一気に書き切る

そんな試行錯誤の中では、本棚の奥にしまってあった、
外山滋比古さんの「思考の整理学」(ちくま文庫)という本を読み返し、
まさに小さな工夫の断片を「整理」してもらった感覚があります。

あらためて言葉にすると月並みですが、「書く」というのは
「発想やアイデアを生む」地道なトレーニングとして
効くのかなと思います。

そして、話が少し脱線するのですが、最近ぼんやりと思うのは、
たとえ不特定多数の人が見るメディアで書くときにも
「たった一人に届ける」という感覚を大切にしたいということ。

好きな人、嫌いな人、尊敬する人、心配に思う人、などなど
ある種わがままに、感情的に「この人に読んでもらいたい」
という溢れる熱量とともに書く文章は、

結果的に多くの人からリアクションがあり、自分の中での
「勝手な納得感」も高いような気がします。
(これこそ、あくまで感覚値ですが)

そして、この「たった一人に届ける」という感覚は、
もしかすると書くという時だけでなく、例えばプレゼンや、
多くの人に何かを伝える場面でも活かせるかもしれないと、
少し風呂敷を広げて考えたりするわけです。

いつもながら脱線が長くなってきましたが、
つまるところ思うのは、「地道な思考」と「わがままな感情」を
大切にしたいということ。

そして、やっぱり書くことが好きな気持ちは
変わらずあることに気づくことができたので、

ぽつりぽつりと自分の中に浮かぶ考えや、気持ちを
書き続ける中で、読み手の皆さんに何か小さな発見が
あれば嬉しいなと思うわけであります。

 


■プロフィール
山野 靖暁(yasuaki yamano)
1991年生まれ/大阪府出身
株式会社シェイクに新卒で入社後、研修開発やコンサルティング営業に従事、
多くの企業の人材育成、組織開発に携わり、株式会社NEWONEの創業期にも関わる。
シェイク退職後、イギリスの大学院シューマッハカレッジへの短期留学を経て、
2018年3月より島根県の隠岐郡海士町に、暮らしと仕事の拠点を移す。
地域や、海外をフィールドにした課題解決型学習のコーディネートなど、
高校、地域、行政、民間企業等と連携しながら教育の魅力化に取り組んでいる。
最近のテーマは「他者との関わりの中で、その人らしさが生まれる学びの場」

 

関連記事

  1. 働き方改革を、企業のメリットから考える

  2. 自分にしか分からない「葛藤」を貯めていくと、それが価値になる

  3. 表現するとは生きること

  4. 人の可能性は想像を超える

  5. 学習の第一歩

  6. イマドキの新人は背中を見て育つ? ~「弱さを力に変える」という発想~